夢遊病者の見る
日も落ち着き初めて、皆がうつらうつらと眠たそうにする時間、夕方。
俺は唯、一目彼を見たいが為この店でこの時間に働いている。
勤労する人間にとってものすごく不純すぎる動機であることは重々承知しているが、仕方ないじゃないか、好きなんだから。
一応挽回として述べて置くけれど彼が来るようになるより先に俺が勤めだしたんだからな。
俺は決して彼を追っかけて此処に雇ってもらっているわけではない。そこは重要だから良く覚えておくこと!
次回のテストで、でるよー。
「、思想の自由はとやかく言わんが手を動かせ、手を」
「おおっとぉ、すんません。何分まだ20代前半にして悩みが多くて手より頭が働いてしまうんですよー」
「やめるか?そんなにこの仕事嫌ならやめるか?今月の給料は無しだがな」
「…最近おやっさん俺に厳しいよね」
「愛と鞭は紙一重だからな!」
「違うよ!それ間違ってる!ちょ、女将さん、旦那さんが変なこと言ってる!S思考になってきてる!ドメスティックなバイオレンスが始まっちゃうよ!?」
「ん?そんなには俺の鞭を受けたいのか?そうかー、はMか。相性が良さそうだなー」
「ひぃ!お、俺、表の看板拭いてきます!」
おやっさんの手にある本来はパンを切り分けるための包丁がきらりと鈍いヒカリを放って俺に向いてきて俺は思わず逃げをうった。
お、俺の命が!ていうか俺はMじゃねぇよ!どっちかっていうと若干Mかもしれないけど俺はノーマルだって信じてるんだから!
後ろで大笑いしてんじゃねぇよ、クソババアー!こんの、すっとこどっこい夫婦めが!
まぼろしのような
黙々と看板を拭いていく俺。こう見えても俺は働き者なのだ。いや、決しておやっさんが怖いとかそんな理由じゃないからな。
マジで違うから。確かにおやっさんは怖いけど、俺は別にそれに負けているわけではない。負けてない負けてない負けてない。と、信じたい。
くはっ、俺ってば小心者…。
看板の上の方を拭こうと背伸びする。俺の背が低い訳じゃなく、看板が高いのだ。
まぁ一般男性の身の丈チョイ上くらいの店の出入り口だから必然的に看板の位置も高くなるのだが。
梯子を使って拭いているわけだが看板の上は梯子じゃ届かないほど高い。言って置くが俺が低い訳じゃない。
これでも、170はあるんだからな!…ぴったりだけどな、うん。でもでも、成人男性としては標準だ。何だよ。文句あんのかコンチクショー。
俺の兄貴が勝手に俺の栄養をモリモリ持っていきやがったんだよ!くそ俺を余裕で越えやがって…!
「あのー…」しかも顔良いし!近所でも評判の人間でしたよ!くそ、あいつにマジで全部持ってかれた。
母さんも2番目の子供の事しっかり考えて栄養分配しろよなー。俺はどうせ平凡顔だし。
あ、でも性格は俺の方が断然良いな。「…あのー…そこの人ー…」あいつ壊滅的な俺様人間だし変態だしヘタレだし。
うわー、きも。俺、普通で良かったーって思う唯一の部分。天は二物も三物もどんどんあげちゃったけど完璧にはしなかったんだね。
ありがとー、センキュウ、神様始祖様ユリア様!「…そこの梯子の上に乗ってらっしゃる方」ん?俺かな?
声のする方、つまり俺が乗って梯子の下を見やると彼が居た。
青い軍服。グランコクマ独特の肌に白銀の髪。間違いなく彼はそこに。う、わ…っ!ふ、フリングス少将だ…!どうしよう、今日も格好いい!困った感じに下がってる目尻とかもうキュン死(…)にしそう。
どうしよう、どうしたのかな。ていうか俺喋りかけられてる。どうしよう、嬉しい。顔に熱が集まるのがわかる。
初めて恋をしたときのようだ。頬に片手を当てて冷やしながら彼に答える。
「な、なにか…えっと、どうかしましたか?」
と、口にしてから気が付いた。俺が梯子で店の出入り口を塞いでいる。
間違いなくフリングス少将はパンを買いに来たわけで、俺は間違いなく邪魔なわけで。
「すみません!今退きます!」あわあわとしながら梯子から降りようとする。
恥ずかしさと焦りでうまく足が動かない。
ていうか俺フリングス少将と喋ってる…!
今日一日で一番の幸せっていうかこの思い出だけで一ヶ月生きていける。
なんて巫山戯たことを考えた俺が悪かったのだ。
要領の悪い俺が考え事しながら梯子なんていう不安定なモノを上手に降りられるわけがない。
俺が一番分かっていたはずなのに。
此処までの前置きで分かっていただけただろう。
ようするに、俺は「あっ…!」踏み外したわけだ。
がしゃんと大きな音が鳴る。梯子が倒れたのだ。
衝撃に耐えるように目を瞑ったがいつまでもこない衝撃。
恐る恐る顔を上げると面目の前に広がる鮮やかな青色。
この色は。
「大丈夫ですか?」
「う、あ、…す、すみません…」
曖昧さ