あと三秒で、
俺は今、凄く幸せだ。
というかこの一週間、まるで夢の花畑を歩いているかの如くの胸の満たされようだ。
吸い込んでいる空気でさえ、水の都なのにケテルブルクの雪のように切なく暖かく、じわじわと細胞に染み込むように心地よい。
肌に触れる風も綿花のように柔らかく感じる。
現実に戻ったパン屋での仕事でさえ、一切の苦痛は感じないし、寧ろ最も好ましい時間だ。
この状況を幸せと言わず何と言えばいいのか。
「なぁ、」
「何ですか?」
「…お前、周りに花が飛んで見えるほど幸せオーラ出してるけど何かあったのか?」
「花ぁ?そんなもの人間なんだから飛びませんよー!まぁ、でもめちゃめちゃ幸せですけどね」
今なら世界のために死ねるほどだ。いや、実際には死にませんがネ!
幸せオーラ満開の俺に引きまくりなおやっさん。
女将さんなんてもう俺を見てはくれていない。
けど、そんなこと別に気にしない。俺は幸せだから何だっていいのさ!
「あ、ここここ、今日和。フリングス将軍」
「こんにちは、さん」
俺の幸せ製造者フリングス将軍…ッ!
私は空の青に
「みゃいに…(噛んだー!?)…毎日買いに来てくださっていますよね」
話しかける第一歩目で俺は既に噛んでしまい激しい自己嫌悪におそわれたが、持ち前のポジティブシンキングで持ち直しフリングス将軍に話しかける。
俺なんかに向けてくれるその無垢な笑顔が、お釈迦様の様に神々しくて、俺は召されて逝きそうだ…。
「ええ、その、此処のパンじゃないと嫌だという方がいまして・・・」
「・・・?そうなんですか。ありがとうございます」
何だかわからないけど、フリングス将軍は遠い目をしながら話してくれた。
何故に遠い目?と思ったけど、こういう目をする人にはあまり深く突っ込まない方が良いことよく知っている。
現に俺の旧友など、最近グランコクマに移住してきたらしいが、気苦労が絶えないらしく、よく遠い目をしていた。
環境に恵まれないなら電話すれば?と口にしそうになり飲み込んだ事を俺は今もまだ鮮明に覚えている。
何でかというとあまりにも遠い目をしすぎていた旧友は軽く、灰になりそうだったからだ。
頼るのは最低限にしておこう、と俺はその時ひっそりと心に誓った。
フリングス将軍もまた然り、だ。もちろん気になるし力になりたいけど・・・!
遠い目だけは駄目だ。俺の手に負える物ではない。
とりあえず、心の中でエールを送ることにした。頑張れ、フリングス将軍!負けるな、フリングス将軍!
…俺にできることはこれくらいだ。
「じゃぁ、お釣りの20ガルドです」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ(俺の癒しを)ありがとうございます」
それでは、と言って軽く一礼し踵を返して扉から出て行くフリングス将軍。
俺はその動作を脳内記憶ディスクの容量全てを使い記憶した。
一挙一動が優雅だ…!
にやける顔を押さえて笑いながら見えなくなるまで見送った。
* * *
「それじゃ、お先に失礼しまーす」
背中越しにおやっさんの声を聞きながら俺は店を出た。
空にはもう星しか見えない。
俺は人も疎らな道をせかせかと歩いて家路へと向かう。
両手で頬を押さえ夕方に会ったフリングス将軍の事を思い出していた。
えへ、えへへへへへへ。にやける顔を押さえることができない。
今日も格好良かったな、軍服が今日もよく似合っていたな、そんなくだらない事にだって喜びを覚えていた。
数日前まで他人だったのが、知り合いになり、こんなに話せている。
これを喜ばない人間がいるだろうか!
けど、しばらくその幸せの余韻に包まれた後、俺は寂しくなった。
寂しいのか、虚無、憂鬱、空虚、何と言えばいいのか。
消して手に入らないと、自分が一番分かっているからこそ、陥る感情。
幸せだから尚のこと感じてしまうのだろうか。
俺と、フリングス将軍の距離。
顔を上げて皇帝の住む宮殿を見た。
あの人はあそこにいる。
見える距離なのにこんなに遠くて、手が届かない、声が出ない。
無い物ねだりなんて、子供みたいな事はしたくないけど、明日も少しだけでいいから、こっちを見てほしい。
溶ける