背中をたどる指先が






「配達ですかぁ?」

昼飯に入ろうとした俺をおやっさんが引き留めた。 何でも配達をしてほしいとのこと。 やだよ。 俺はこれから飯を食おうとしてるんだ。 リビングで生け花してるくらいならおやっさんが行けよ。 この寒い中ぴゅーぴゅー風に(髪を)吹かれて餓鬼どもに指さされやがれってんだ。

とは言えない雇われの身の上。

「俺これからお昼なんで…」
「宮殿への配達何だが?」
「行きます!行かせてください!速攻準備してきます!」

俺は掲げてみせた財布を一瞬で懐に消し(マジシャンも吃驚の速度だ)バタバタと配達の準備を始めた。 だって宮殿だぞ!上手くいけばフリングス将軍のお仕事姿が見られるかもしれない。 お仕事姿…さぞかし格好いいんだろうな…。じゅるっ。あ、いけない涎が。 いつの間にかしっかり変態じみた感じが板についてしまったが一応否定しておく。俺は断じて変態じゃない。 (放課後の教室で好きな子のリコーダーを吹いてみたりする奴と同じにされるのは心外だ)

しいて言えば、俺は、変なんだー!

「じゃぁこれを宮殿の人に渡してくれ」
「宮殿の人って…フリングス将軍ですよね?」
「確かに注文してきたのは将軍だが忙しい人だから捕まるか分からん。だから、適当に…」
「フ リ ン グ ス 将 軍 に ! 渡せばいいんですよね!」
「お、おう…それでも別にいいけど…」

誰でも良いといわれそうになったセリフを俺は力づくで捻じ曲げる。こんな寒い中、出かけて行くんだから当然だろ。 フリングス将軍のお仕事姿をのぞき見出来なければ何をしに行くんだ!(注:パンを届けに行くんです)俺の一目ぼれして買ったコート(今日下ろしたばかりでよかった!)を羽織り配達物のパンを持ち、俺は、イヌは喜び庭駆け回る、の如く外へ元気よく駈け出した。 ワンワン!宮殿(フリングス将軍)にホイホイされてやんよ!

俺はちょっと暴走気味だ。



銃口に変わる





うろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろ。うーろうろったらうーろうっろ。

「やばい…迷った…」

勢いよく宮殿にホイホイされた俺は門番の人に主旨を話して中に入れてもらった。 (お預かりします、というありがた迷惑を満面の笑みで撥ね退けて入れてもらったわけだが) しかし困ったことに俺は宮殿内をさくさくと歩いていけるようなアビリティは持ち合わせていない。 困った顔をしながら宮殿をうろうろしている俺。何故だかすれ違う人もおらず道も聴けない状況でにっちもさっちもいかない。 迷子の迷子のちゃん貴方のフリングス将軍は何処ですか〜♪(字余り) あはっ、俺のフリングス将軍だって!なんていい歌なんだ!

「おや…?ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」

掛けられた声に俺はぴたりと脚を止めた。よかったようやく人に出会えた。

って…ええええええええええええ、俺、首に先の尖った武器を突き付けられてるんですけど!?

「えええええ!?」
「何を驚いているんですか…?」
「ソレですよ!ソレ!なんだその尖ったものは!」
「ああ、これは槍っていうんですよ」
「ああ、そうですかーそれが槍なんですね。俺はじめて見ま……ってちげぇよ!」

思わず槍を俺に付きつける人に突っ込んで。

「あああああああ、すいませんすいませんすいません!つい条件反射で!あ、あの!殺すとか、あのマジで、あの、勘弁してください!」
「いやですねー、殺すなんてそんな物騒なこと」
「しないんですか!?」
「返答によってはします」

いやぁあぁああああああああ!

「俺、まだ死にたくないです!」
「では何故ここに?」
「お届けものに…!」
「配達、ですか?」
「おおおおお、俺、グランコクマの入り口に店構えてる、ルル・デビュウっていうパン屋の雇われです! パンの配達の依頼があってお届けに来たんです! 俺、善良な市民です! 道に落ちてたお金を届けるかって言われたらそこはちょっと金額によって変わってきますが、基本的に善良な市民です!」
「パン屋…?」
「はい!」
「ああ、聴いています…ですがわざわざ中まで届ける必要は無いでしょう」
「そ、それは…っ!」

言えるかー!フリングス将軍のお仕事姿を拝見したくてほいほいされちゃいました☆なんて言えるかー!

「言えないんですか?」
「う…」

首にさらに近づけられた槍先。正直、俺ちょっと泣きそうだ。その時だった。力強く俺の腕を後ろに引きふわりと何かに包まれた。

さん、大丈夫ですか?」
「フ、」
「フリングス将軍…」

何処からか王子様のようにタイミングよくやってきた青い服の青年。アスラン・フリングス将軍に俺は背中を向けて抱きとめられるような格好になっていた。 やばい、こんな近くで…いいにおいスル!格好いいお顔がチカイ!胸板結構タクマシイ!とかもう頭ん中大暴走で顔に熱が溜まる。やばい、ほんと、やばい。

「カーティス大佐、彼の身の上は私が保証しますよ。彼は本当にパン屋の方です」
「…フリングス将軍にそう言われては仕方がないですね」

やばい、やばい、フリングス将軍がこんな近い。不可抗力だと思うけど、抱きしめられるなんて、どうしよう。俺、やばい。本気で今なら死んでもいい…。

「あ、すみません…失礼しました。さん大丈夫ですか?」

俺がフリングス将軍の腕の中で口をパクパクさせていると、何を勘違いしたのかフリングス将軍が俺を慌てて離した。あああああああああ、違うんだ違うんだよ! とは言えず、俺はしょんぼりと腕から離れた。

「あ、ありがとうごじゃ…(また噛んだ!?)ありがとうございます」
「わざわざ中まで…門番におっしゃってくだされば、取りに行ったのですが…」
「いえ、あの、お買いに来られなかったので忙しいのかと思いまして…お手数をかけるわけにはと…」

最後の方はしょんぼりした言い方になってしまった。確かに取りに来てもらえばよかったのだ。そしたらこんな怖い思いもなかったわけだから。だけど、こんなフリングス将軍に抱きしめられる(誤解釈)というシチュエーションにもあわなかっただけで、そう思うとちょっと居た堪れなくなってしまった。

「失礼しました。ですが、特にここは陛下の部屋の傍ですのでここまで入ってきてしまった貴方も貴方ですよ」
「え、あ、すいません…道に迷ってしまって…誰もいなくて…」

しょんぼりとしてそう告げる。恐怖によってパニッくに陥っていてわからなかった相手の容姿がようやく目に入る。 モスグリーンの軍服。甘栗色の髪の色に、印象的な赤い瞳、そして眼鏡。先ほど、フリングス将軍はカーティス大佐と言っていた。

「すみませんでした、カーティス大佐。その、口調とかも…」
「いいえ、何もなかったわけですから、以後気をつけていただければ構いませんよ。…ところであなた…というのは家名ですか?」
「そうですけど…でも、なんてありきたりな名前だと思いますが…?」
「そう、ですね」

カーティス大佐は眼鏡の奥に光る瞳を細めて俺を見てくる。ああ、この人は、苦手なタイプだ。

「俺、もう行きます。お騒がせしてすみません…」
「いいえ」
「では私が出入り口まで送りましょう」

見送りを買って出てくれたフリングス将軍と歩きだす。手に持っていた配達物はカーティス大佐が預かってくれた。 帰路を会話もなく静かに歩く俺とフリングス将軍。 本当ならもっと話して、フリングス将軍を知りたいし、俺を知ってほしいけど、とてもそんな気分にはなれなかった。

「あ、ここまでで、大丈夫です」
「お店までお送りしますよ?」
「いえ、お忙しそうですし、さすがにここなら迷いません」
「そうですか?ではお気をつけて…」
「(フリングス将軍が守ってらっしゃるんですから、気をつけなくてはいけないことなんてこの国には無いですよ)…毎度ありがとうございました」


そういって俺とフリングス将軍は別れた。俺は気のきいたことも言えずに宮殿を去る。まさか、こんなに気まずい状況になってしまうとは…明日からどんな顔をしてフリングス将軍に会えば良いんだろう。

そこで、はたと気がついた。明日もフリングス将軍が来るなんてどこから得た自信だろう。自嘲的な笑みが思わず零れる。俺はまったく。

どうしようもない人間だな。






その時まで