ビッビー!
「うおっ」
ガシャン
俺は音に吃驚して思わず手にしていたコップを台所のシンクに落とした。
* * *
「はい?どちら様ですかー?」
「りゃりゃりゃ?」
シンクに落としたコップもそのままに俺は慌てて玄関の戸を開けた。
そういえば、秋が出掛けに誰が来ても開けなくて良いって言ってたのを、今思い出したけど、まぁいいや。
開けちゃったのを閉めるなんて相手に失礼だしね。
そんな脳内会議を瞬時に繰り広げ閉幕し、俺は奇怪音を発している訪問者の男を見上げた。
「りゃりゃ?」
奇怪だ。
人であることは確かだが、こんな人間を見たのは初めてだ。
童顔な顔付きで纏う雰囲気には緊張感の欠片もない。
「先輩、」
「おや」
童顔が困惑した顔を浮かべながら不意に横を見たのに釣られて、俺は扉から顔を出して其方を覗いてみた。
こちらもまた遣る気のなさそうな、訂正、眠たそうな顔をした男が立っていた。
スーツ姿の二人は時間帯的にも曜日的にも社会人であることは明らかだが、今一この二人の共通点は俺には分からなかった。
残念ながら然程興味もないが。
まぁ、どんな関係であっても此処に来たと言うことは少なからず此の薬屋に用があるわけで。
且つ、俺を見て驚いた顔をしたということは此の家の者達と少なからず顔見知りと言うことになる。
「あー…」
「深山木秋なら現在、紙飛行機状態です。又、座木はリベザルと共に買い物に出ています。残念ながら私は彼等の帰宅時間の把握はしておりませんので、御用事の際は申し訳有りませんが又の機会に出直してください」
眠たそうな顔の男が何か言おうとしていたのを俺は遮り、丁寧に且つ突慳貪(つっけんどん)に言い放ち、にこりと笑って見せた。
要約すると『さっさと帰れ』と言う意味になる。
その真意に気が付いたらしい眠たそうな男は、唯でさえ重たそうな瞼を持つ目を更に細めて俺を見た。
唯、残念ながら。
「ひゃーこの子も可愛いー!深山木さんとは又違ったタイプの可愛さですねー。リベザル君とも違うし。日本には珍しい銀髪だし、結ってる前髪がプリティーで、緑の目が宝石みたいで。お人形さんって言うよりぬいぐるみ的な感じが激烈可愛いですねぇ。ひゃー、ファンクラブ創っても良いですか?」
「え?」
この童顔の男には伝わらなかったらしいが。
むしろこの童顔男は奇怪過ぎる。
俺には電波過ぎて巧く意志の疎通が図れず、仕方なく縋るように眠たそうな顔を見上げた。
「すまないね、これでも本人は大真面目なんだ」
あまりフォローにはなっていないと思う。
ただ、童顔は気が付いていないらしく俺の顔を屈んで覗き込んでくる。
「あの、えと…」
「名前は何て言うんですか?あ、オレは御中の御の字を使って御葉山っていいマス。でも葉山くんって呼んで欲しいなー」
思わず此方が尻込みしてしまうくらいにマイペースだ。
俺の周りには居なかったタイプなだけにあしらい方に困る。
「因みに其処にいる先輩は、」
「高遠三次です。秋君に用事があってきたんだけど…」
この眠そうな顔、否、高遠は秋の名を呼ぶほどの仲なのだろうか。
童顔、御でさえ名字で呼んでいるというのに。
「と言います」
「ひゃー名前も可愛いですねー」
「…ありがとうございます」
何を言っても御には通用しなさそうなので適当に苦笑して言葉を受け入れる方法であしらうことにした。
その苦笑した顔にも奇怪な声を出されたが、もう面倒だから無視だ。
「先も言いましたが秋は逃亡中で…」
「りゃりゃ?さっきと言ってること違くないですか?」
「…『今日は仕事する気分じゃない』と言って、座木さんを振り切って紙飛行機の如く何処かへ飛んでいきました」
そう言うと高遠が笑いながら、秋君らしい、と零した。
だからお引き取り下さい、と続けようとしたがその必要はなくなった。
「」
名を呼ばれて御から顔を上げると見慣れすぎた顔、に不機嫌な表情を浮かべた噂の当人秋がいた。
何で不機嫌そうなんだ、と考え直ぐに答えに到った。
「ごめん。つい」
「はぁ。分かってる、だから仕方ないね。けど、約束破ったわけだし、そうだなぁ、スコーン焼いてよ」
「は?あんな微妙な味のスコーンが食べたいの?相変わらず変わり者だね」
俺の料理は秋ほどに料理の不運に付きまとわれているわけではない。
が、座木のように料理の才能もない。
微妙な、美味しくも不味くもない、普通の料理が出来るのだ。
座木と全く同じようにしているはずなのに何がいけないのかさっぱりわからない。
ついでにそれをリクエストする秋もさっぱりだ。
「秋君」
あー、そういえば居たんだった。
秋の登場でつい忘れてしまったが其処には二人の来訪者が居たんだった。
どうすれば良いのか分からず、とりあえず主である秋を中に入れるため扉を手で押さえながら体を中へずらす。
秋は扉を手で押さえて俺に中に入っているように言うと、そのまま扉を閉めてしまった。
家の中に入れないと言うことは、好きではない人ということだろうか?
秋の思考は深海の如く未知なので、結局のところ詳しいことは考えても、俺の頭では弾き出されない。
仕方ないので俺はその場を後にして、秋リクエストの微妙な味のスコーンを焼くことにした。
ところであの二人はどういう関係なのだろう。
結局、格好いいことを言っても気になることは気になってしまうのだ。