これは、ヤバイ、と思った。
頭がぐるぐるして、自分を中心とした世界が不安定のような印象を受ける。
おまけに瞼は上と下がくっついたんじゃないかと思うほど開かないし。
声は出せなくもないが正直だるい。
体は全身に鉛を付けて着衣水中歩行しているみたいな状態で。
つまり、俺は風邪を引いたわけだ。
* * *
「さんー?」
恐らく昼頃になっても起きてこない俺の様子を見に来たのだろう。
リベの声が扉越しに聞こえる。
カチャリとドアノブが回されて今、正にリベが中に入ろうとしてきた。
「入るな!!」
俺が突然大きな声を出したのに驚いたのだろう。
扉越しにリベが硬直しているのが分かった。
本当は喋るのも億劫だが、リベに入られては困る。
リベとはまだこのままの関係でいたい。
「大きな声だしてごめんね、リベ。だけど、入らないで欲しいんだ」
布団から上体を上げて俺が優しく扉の向こうにいるリベに話しかけると、「…大丈夫ですか?」という声が聞こえてきた。
ホッと一息ついて俺は布団に沈み込み、リベに大丈夫だと返した。
「ごめんね、秋、呼んで貰って良い?」
俺がそう告げるとリベが小さく、ハイ、と言ったのが聞こえた。
リベの手によって再び扉が閉められ、リベの気配が遠ざかるのを感じ、俺は全身から力を抜いた。
そして、数秒も経たない内に眠りについた。
* * *
「が呼んでる?」
「はい。オレ、さんの部屋の前で声をかけたんですけど、返事が返ってこなかったんで入ろうと思って、そしたら入るなって言われて…師匠を呼んで欲しいって言われて…」
昼食の時間になっても下りてこない晴青を呼びに行ったリベザルが、泣きそうな顔で居間に戻ってきた。
ザギがリベザルを宥めて話を促すと、晴青に入室を拒否されたらしい。
そして、僕を呼んでいる胸を告げた。
「師匠。さん、どうかしちゃったん…ですか?何時もと様子違くて…ッ…ヒック…」
堪えきれなくなったらしく、しゃくりを上げている。
入室を断られていたときの衝撃と心配が入り交じっているようだ。
そんなリベザルをザギに任せて僕は席を立ち上がる。
「秋?」
「ザギ、リベザル、二人とも僕が良いと言うまでの部屋には入るな。何があってもだ。後、昼食先に食べて良い」
僕はそれだけ言うと、居間から出て晴青の部屋へと向かった。
* * *
冷たい。
熱の塊と化した俺に何か冷たいものが触れる。
ゆっくりと重い瞼を上げた。
「……あ、き」
目を開けると直ぐ其処に見慣れたセピアの色を見つけた。
布団の縁に腰をかけて顔を覗き込んでいる彼の表情はいつもと違って厳しい。
「風邪だよ。まったく、厄介だね」
俺と目を合わすことなく、顔を上げて秋は何処を見るわけでもなく俺から視線を外して告げる。
その様子に俺は開いていた目を閉じた。
「ごめん。直ぐに治すからリベ達に…」
「入るなって言ってあるよ」
「…そう。良かった、ありがとう…。秋も出ていった方が良いよ。長居はしない方が良いから…」
「…うん。そうするよ」
秋の冷たい手が俺の髪を撫でるのが心地よくて俺は再び意識を手放した。
「…可哀想な、…」
夢の何処かで秋がそう呟いた気がした。