「ミスターブランシュ…。貴方はあと…2週間の命です…」
沈痛な表情のマダムポンプリーにそう告げられた翌日。
俺は保健室の一番奥のベッドで静かに目を覚ました。
昨日の出来事を全て笑って吹き飛ばせれば良かったけれど残念ながら、同席していた俺の両親と校長の様子から真実らしい。
不幸は沸いて出てくるものだけど、まさかこう来るか。
シーツの端を引っ張り上げて顔を埋めた。
昨日俺は自分でも吃驚するほど落ち着いていた。
隣で母さんが取り乱していたせいなのかも知れないけれど、御伽噺を聞く感覚だった。
校長たちの説明はまるで異国の言葉のようで、理解出来ていたのか自分でも分からない。
唐突に、ストンと死は俺の中に落ちてきた。
そっとシーツの暗闇の中で手を握って開いてみた。
この動作も出来なくなる。俺は、死ぬ、んだ。
まだ、良く死ぬと言うことが実感できなくて、一晩考えたけど、やはり詳しくは理解できなかった。
死んだことがないから当然だけど、小説で読んだりする死とは少し異なる気がした。
死ぬ当事者が自分だからかも知れない。
もう一度手を握った。
この筋肉の収縮さえ、死んで弛緩し硬直してしまえば出来なくなる。
この血の巡りさえ、死んで役目を終えれば凝固し色を濁らせる。
このリズムを刻む心臓さえ、死んで機能を失い止まり物質となる。
俺を偲ぶものが俺の骸の周りに集まり泣いて別れをし、俺は棺桶に入れられ土の中に埋められて、時を経て腐敗し、骨と化す。
いつか、誰かが学生時代の頃を子供や孫に話し、思い出したように俺について触れる。
そして、全ての人間の記憶から俺は抹消され、永久に甦ることはない。
生きている俺に出せる、死についてはこれが精一杯だ。
あとは、死んでみないと分からない。
死というものが巧く捉えられていないせいか、あまり感情も沸いてこなかった。
ただ、死について考えると少し、胸が痛かった。
シーツの中で俺は眠ることにした。
まだ、今日を含めて2週間有る。
今、死ぬわけではないから、いつか、死に怯えて眠れなくなる日に備えてしっかり睡眠を取っておこう。
幸い校長のご厚意で俺はこの2週間を自由に過ごせることになった。
授業に出ても良いし、保健室でその時を待っても良い。
家に帰っても良かったが、俺と一緒にいたら先に母さんが壊れてしまいそうだったので、俺は学校に残ることにした。
目に見えた方がきっと不安を増大させてしまうし、心を落ち着ける為の場所に俺が居たのでは落ち着くものも落ち着かないだろう。
愛して17年間育ててくれた両親にはとても感謝しているから2週間の内に親孝行を考えないといけない。
やるべき課題を明日書きだそう。
全身から力を抜いて瞼を閉じた。
何処をどう間違って俺になってしまったのだろう。
モブ中のモブである俺がこんな事になるなんてイレギュラー過ぎる。
普通はもっと注目されるべき人間がなるのが相場だ思うのだけれど、それはちょっと不謹慎なので慎みたいと思う。
それにしても、死は俺に17歳の誕生日を祝わせてくれるなんて優しいものだ。