それはたった一分で始まった。





「いらしゃいませー」

今日も俺は健気に働いている。
家族のためとかそんなんじゃない。
今月を乗り切るための軍資金を稼ぐためだ。
別に俺の家は別段貧乏というわけではない。ブルジョワでも無いけれど。
一般的な中流家庭だ。
そんな俺の家の10ある家訓の内の一つ。
ひとつ、義務教育を卒業したら小遣いは自分で稼ぐべし。
という方針に乗っ取って俺は働いているのだ。
この家訓は俺の爺さんから親父殿に受け継がれたものらしいが、 今尚俺の家の家訓として存在している理由は親父殿曰く、 「俺は苦労して小遣いを稼いだんだ。お前等も苦労をしって金の大切さを知れ。」、此処まではまだ善処して分からなくもない。
しかし親父殿は言ってしまったのだ。
「ていうかぶっちゃけ俺だけ苦労するなんて割にあわん。お前等も苦労すれば良いと思う。」、ていう俺様ワールドを繰り広げやがったのだ。
その瞬間、俺とお姉さまは手に鎌をとり力尽くのそれでいて優しい交渉に出たのだが、瀕死の親父殿から覆される言葉は出ず、やむなく今こうしている。
俺のクラスメイトなんて将来の夢がニートの奴が居る位なのに…!
俺の親の脛なんてガリガリで囓れねぇよコンチクショー。

「いらっしゃいませー」

バイト歴2年目の底力を見せつけてやる。
既にプロ級に板に付いた建前の笑顔を貼り付けてお決まりの文句と共にカウンターから出入り口を見やる。
俺の働いている此処はゲームショップ。
来店するのは、ガキんちょから、はたまたいい年したおじさん、最近では女の人も珍しくは無くなった。
住宅街の割に此処ら辺にゲームショップが無いせいか人は結構来る。
こういう店で働いているとオタクだと勘違いされて彼女がまともに作れないから止めたいのだが、なんせ2年目。
俺の仕事のスキルは着実に上がり、俺の給料も着実に上がっているわけだ。止めるに止められない。

「おや、亘くんじゃんかー。久しぶりだね」
「お久しぶりです、さん」

近所に住んでいる三谷亘くん。
俺が此処に勤める前から此処の愛用者だという彼は今年で中学3年生だ。
受験生のくせにゲームなんて、と言ったことがあるが、「大丈夫です。頭のいい友達が居るんで」、と返されてしまったことがある。
お前が頭いいわけじゃないんだな、と苦笑してしまったが、とにかく彼には受験は関係ないらしい。
有る意味羨ましい。多分亘くんは近くにある公立の高校に行くのだろう。
つまり、俺が通っている高校だ。
偏差値が馬鹿高いわけじゃないからよっぽどアレじゃないかぎり入れるだろう。
なんせ俺が入れてるんだから。

「ん…?後ろのその子は初めて…だよな…?今日は克美くんと一緒じゃないんだな」
「カッちゃんなら今日学校で野球してたら職員室の窓割って今怒られてる真っ最中」
「アハハ、克美くんらしいな。それで克美くん置いてきたんだ」
「待ってたら何時になるかわかんないし。それで折角だしさんに紹介しておこうと思って。俺の友達」

「芦川美鶴です。いつも三谷から話聞いてます」
「…あ、えと、俺は。好きに呼んで。亘くんってば随分綺麗なお友達がいるんだなー」

柔らかそうな茶色の髪をもった少年が俺に向かって微かに笑いかけるから、つい言葉に詰まってしまった。
女じゃなくてもドキリとする笑みだ。
俺はそれを隠したくて亘くんに話を移した。
亘くんはそれに気が付かず、「でしょう?」、と自分のことのように喜んでいた。

「アハハ、亘くんってば相当芦川くんのこと好きなんだね」
「美鶴」
「え?」

俺が亘くんの様子に笑うと突如芦川くんが声をかけてきた。
脈略が掴めなかった俺は芦川くんを見て小首を傾げる。

さん。三谷のこと亘って呼んでたから。俺も美鶴って呼んでください」
「え、ミツル。珍しいね」

人に名前を呼ばせるのはどうやら珍しいらしく、亘くんは驚いた顔で芦川くんを見ていた。
「まぁね」、と気も漫ろに相槌を芦川くんは打つ。
それでも顔は俺の方を見たままで、俺は改めてマジマジと顔を見てしまった。
何度見ても整った顔立ちだった。
俺より背は低いが今後俺を追い抜く勢いで背が高くなりそうだ、なんとなくそう感じた。

「えっと、美鶴くん?」

俺が名前を復唱すると美鶴くんは今話した僅かな時間の中で一番最高の笑顔で「はい」と返してくれた。
その笑顔に俺が太刀打ちできたわけがなかった。







紫庵様。ブレイブストーリーで誰でもいいとのことでした。
リクエストから出来上がりまでかなりの時間が経過してしまい申し訳ありませんでした!
そしてリクエストありがとうございました。
亘も美鶴も出そうと欲張ってみたらこうなってしまいました…。
少しでもお気に召していただけると幸いです。