まぁ、こうなることは結構前から目に見えていたことで起こるべくして起こったことではある。
僕がマフィアとして生きると決めた時から晴青は僕から少しずつ離れていって、そして消えた。
彼は自他共に認める平凡極まりない一般人で戦うすべも無ければ抜きん出た節もなく正直僕も何故彼に惹かれたのか良く分からない。
けれど、僕に向けてくれる笑顔一つで僕の心が動かされたのも事実で。
そんな訳で本当は一緒に来てほしかったんだけど足手まといになることを嫌う晴青は笑って首を横に振った。
今、彼は如何しているのだろう。
平凡な幸せを送っているのだろうか。
僕を思って少しは表情を暗くしてくれているのだろうか。
力尽くで連れて来ていたら今、どうなっていたんだろう。
あの時綱吉は一緒に連れてきても構わないと言った。
僕は、一緒に来るかい、と聞いた。彼は行かないと言った。
僕はそれを、そう、と言って直ぐに諦めてしまった。
如何でも良いとかそう思っていたわけではない。
けれど、どうせ連れて行っても寂しい思いをさせるだけだと思って僕は、引き下がった。
引き下がったと言うことにしたい。本当は良く分からないんだ。
何故あの時引き下がったのか。
僕は間違いなく彼を愛していた。もちろん今も。
けど、あの時の僕は一緒に来ないことに少しの未練も感じなかった。
手を離した風船が飛んでいくのを唯黙って見送り振り返らなかった。
今、僕は思う。
何故あの時力尽くで連れてこれなかったのだろう。
良く言うアレに僕は気が付いたのだ。
大切なものは無くしてから気付く。
僕の場合はそうとう時間が掛かったけど。
今尚鮮明に思い出される表情だとか仕草だとか声だとか。
彼が僕に一生懸命毎日の変化を聞かせ続けてきた意味が漸く分かった。
僕の記憶の中に彼は残り続けたかったのだろう。
何時の日か僕がマフィアになる事に最初から彼は気が付いていて。
そうか。時折見せたあの切なそうな顔はその事を考えていたのか。
彼の一挙一動の意味に今更気が付いた。
僕は彼について全部知っている気で居た。
けど、全部知っていたわけじゃなかった。
まだ、知らない事だらけで。
今、彼が何をしていて、何を思い、何を幸せと感じているのか。
よくよく思い出してみると、どうやら僕の記憶は相当美化されていたようで、実は僕が引き止めなかった時辛そうな苦しそうな寂しそうな表情を浮かべていた事や、
最後に、僕に聞こえるように「ありがとう」と言ったことや、僕に聞こえないように「雲雀は本当は俺なんか好きじゃなかったんだね」
と言ったことを思い出した。
僕は自分で自分が傷つかない様に無意識に彼が僕を振るように仕向けたのかもしれない。
そして、都合のいいように記憶を美化して、彼を想う健気な感情を生み出した。
あの時、好きだとちゃんと伝えて引き止めていればどちらも傷つかず、幸せな日々を送れたのかもしれない。
僕がそうしなかったのは多分。失うことを恐れたから。
大切すぎて何時か指の隙間から居なくなってしまうのではないかと思って。
踏み出せなかった。
きっと今更何を言っても言い訳にしかならないし。
きっと今更何を言ってももうあの日には戻らない。
ソファーに横になって足を投げ出して目を瞑ると、「ありがとう」と言った時の悲しそうな優しそうな表情が見えた。
考え出したら止まらなかった。
忙しさに全てを任せてじっくり昔を振り返らなかったから。
いや、振り返りたくなかったのかもしれない。
何時かこの思い出が時間の経過とともに褪せていくのを望んでいたのだ。
けれど、僕が彼を愛した日々は変わらなくて、僕が彼を愛しているのも変わらなくて、今彼に触れたいのも事実で。
僕は是ほどまでに彼を愛していていたのだと実感した。
彼の笑顔を考えた。
今、彼は誰に笑いかけているのだろう。
記憶を追うように目蓋の裏を意識すれば、僕が始めて好きだと告げたときの、綻ぶ様な笑顔を思い出した。
もう居ない君はいつまでも
俺の心の中であの日の笑顔でいるんだ