受験が差し迫っている夏、雨の日の朝。俺は家で首から腰までの上半身をうねうねとうねらせていた。植物みたいにね。
別に夏だからうねらせている訳じゃなくて年間通して俺は暇なときうねうねするのが好きだった。
俺の名誉のために言って置くけど変な人でも変態でも馬鹿でもアホでもないから。
言うなれば『ちょっと変わった人』くらいにしておいてくれ。
実を言うと俺は高校3年生なわけで、間近に迫った受験勉強なんてものがあるわけなのだが、そんな気に成れなくて今こうしてうねうねしていうわけだ。
口に銜えた棒付き飴を割らない程度に噛み『別世界に行けたら』なんて電波を飛ばしながら窓を叩く激しい雨を何となく見ている。
ウチの家の窓、防音ガラスで良かったな。きっと五月蠅いだろうし。
そんな事を考えたら現実に引き戻された。ずっと、うねうねしていたせいで何か気持ち悪い。
首を下にして首を軽く叩く。
朝食べたゼリーが出てきそうだ。いや、流石に出さねぇけど。
「気持ち悪いのは直ったのかな?」
「ああ、うん。大分………」
ん?んん?
「……誰ディすか?」
驚きすぎて思わず日本語変になったじゃないか。顔を上げると見知らぬ男が我が物顔で俺のベッドに腰を下ろしていた。
金髪に緑の瞳、笑顔のよく似合う素敵なお兄さんだこと。
だがしかし、俺の家系には異国の血は一滴も入っていないし俺に兄は居ない。お綺麗なお姉様は居るけど(こうやって言わないと怒られるんだ)
ちらりと窓を窺うと窓が開けられた形跡は無い。
扉の開く音もしなかったし。
不法侵入か?不法侵入なのか?
「誰…?」
とりあえずお兄さんが特に俺に危害を与えようとしているわけではなさそうなので再度同じ質問を投げかける。
「マホーツカイかな?」
マホーツカイ…魔法使い?
…、…、…
「病院に行きますか?」
屈託のない笑顔を向けて魔法使いなんて言ってきたお兄さんの為を思って俺は言う。
うん、病院行け。
「ヤだな、本当だよ」
「あ、その顔。信じてないな」
当たり前だろ。
このご時世、魔法使いなんて居るわけがない。
居たらちょっと良いとは思うけどね。
俺、ハリポタ好きだし。
「よしよし、じゃー特別に魅せてあげよう。ほーら」
お兄さんが指をぱちんと擦りあわせた。
瞬間、バリンと窓が割れ凄まじい量の雨が一気に俺の部屋に流れ込んでくる。
割れた窓ガラスが俺の頬を掠った。
血が伝う感覚がする。
「なっ……」
言葉が出ない。
コレは夢?
もう一度、ぱちんと言う音が聞こえた。
「ハイ、おしまい。信じた?ちゃん」
「信じるも何も…ッ!…名前…なんで」
「マホーツカイだから」
「………ですよねぇ」
何かもう、うだうだだ。
切れたはずの頬も触れてみれば特に何ともない。血が出ても、切れてもいない。
でも、此処まで来たら信じてしまおう。
なんか面倒くさいし。ポジティブにプラス思考で。
いつの間にか舐め終わった飴の棒を未だ銜えたまま、俺は思い出した。
「あ、思い出した。今日の『笑って良いと思う』に俺の大好きな水名啓介(みなのけいすけ)が出んじゃん。大変だ」
「逃げないの」
ビデオを撮りに部屋を出ようと立ち上がるとお兄さんに素敵な笑顔で引き留められた。
ノックアウトだね。お兄さん美人だし。
両手を上げて降参ポーズをしながら俺はその場に正座で座る。
「決意と真逆の行動は感心しないね」
「あ、心読むの止めてもらえますか?」
「ま、ちゃきちゃき本題に入ろうか」
「俺の意見は無視ですか?」
「俺がここに来た理由は…」
あ、無視なんだ。
「ちゃんの願いを叶えに来たわけよ」
「ハハーン、願いをねぇ………は?」
願い?ホワーイ?あ、今のキモイから無しでいいや。
願い、願いねぇ。俺、何か願いあったかな。
啓ちゃんの新曲のCDが欲しいとか?
いやいや、そんなちっぽけな事じゃないだろ。うわやば、俺、今一人突っ込みしちゃったよ。
「異世界に行きたいんでしょ?」
「え…」
「さっきも言ってたでしょ。異世界に行きたいって」
「言っては居たけど…ねぇ」
実際に行くとなればあれじゃん。
色々あれだって。
「えー」
「大丈夫、大丈夫。衣食住は保証してあげるよ」
「そいつはどうも……何か見返りが必要だったりとか?」
とりあえず聞いてみる。
まだ行くなんて決心してないけど。
「まさか、僕は悪魔じゃないし。」
「なんで、俺なの?」
「それを俺に聞く?」
ハハハ。そこまでバレてるのか。
正直、異世界には行きたい。けど、俺には此処を離れたくもない。
口に噛んでいた棒をゴミ箱へ投げ捨てる。
「ま、意見なんてさらさら聞く気もないけどね」
「は?」
爆弾発言じゃん!俺様がいるよ、このお兄さん俺様だよ!
「そんじゃ、ま。コッチの世界のことは一時忘れてお休み。マイキティー」
(俺様)お兄さんの手が近づいてきて目を覆い隠される。一瞬の出来事で俺は逃げられなかった。
酷く、瞼が重くなり、俺はすぐに眠りに落ちた。
目が覚めたら俺はきっと後悔の嵐な予感がした。
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