眠ると全て忘れてしまいそうで

眠ると自分の誓いが薄れてしまいそうで

怖かった

まだ、何も忘れたくないのに

まだ、貴方の温もりを忘れたくないのに



眠る事で全てを忘れる事を望む自分が



一番怖かった









いい匂いがして目が覚めた。言っておくが、断じて俺が食い気に弱いわけでは無い。

目を擦り上体を起こすとそこには見慣れぬ部屋が広がっていた。

動揺すると言うより事態が飲み込めずにとりあえず部屋を見回してみる。

俺の部屋ではない。うん。だってあんな洒落たライトは家には無い。

細い筒みたいな形で中から青い光が水を反射しながら辺りを照らしている。

モダンというかシンプルと言うか、それでも寂しい印象派受けない部屋に好感を抱きながら俺はふと思い出した。



「そーいえば俺、魔法使いに異世界に連れてこられたんだった」



手をポンと叩き合わせて思い出せてよかったと思った矢先、よかないよ、と言う思いに捕らわれた。

頭を抱えいつの間にか被っていたジーツを巻き込んで膝を折る。くしゃくしゃになるとかそんなの気にしていられない。

何でこんな事になってしまったのだろう。此処何処?

あの時しっかり振りほどくべきだった。ていうか不法侵入だって警察に連絡すればよかった。

何がいけなかったのだろう。受験勉強すればよかったのかな…でも俺、勉強嫌い…。

せめて啓ちゃんが出る『笑って良いと思う』を録画すべきだった。むしろ魔法使いの存在を認めなければ良かった。

なんで「違う」って拒絶できなかったんだろう。

これじゃぁ、まるで



俺が異世界にこれて良かったと思っているみたいじゃないか。



気持ちが悪い。

俺は口元を抑えて上体を起こしたままシーツを被った。

胸が、重い。どんどんと思考がマイナス方向へ落ちてゆく。

目頭が熱い。でも、泣きたくない。

俺は弱くないから、泣かないって約束したんだ。



「…そうやってシーツを被る事が最近の流行ってやつか?」



突然、声がしてシーツを退かされた。

シーツを握っていたわけではないので容易く退かされ、あまりにも突然すぎて俺は目を開いたまま固まった。

ベッドに膝をかけて俺を覗き込んでくる見知らぬ男が居た。。

シーツを被っていたせいで扉が開いたのが聞こえなかったのだろうか。

赤い髪がどうやったのか重力に逆らって立っている。180センチ後半ほどの身長に黒い瞳と浅黒い肌。

男は少し眉を吊り上げて、俺を見てくる。

こ、怖い…。

目の前の男をようやく認識して俺は肩を震わして下がろうとした。

が、その前に男が動いた。

腕を引かれバランスを崩した俺は男の腕の中に体を預けてしまう。



「ちょっ!何を…」





「泣きそうだけど泣きたくない時は、こうやって人の側に居たほうが楽なんだよ」



抵抗しようとした俺を男は強い力で抱きしめてくる。



不覚にも俺は男の言葉に胸が熱くなってしまい、それを隠したくて俺は男の胸に顔をうずめた。





***



「落ち着いたな」

「本当にもう良い足りないくらい色々とありがとうございます」



一時間後、俺は処変わってリビングのソファの上で正座で頭を深く下げていた。

あれから落ち着いた俺は事情を司さんに話し…ぁ、司さんってのは此処の家の主さんでして正式名称は高月司さん。先程、ワタクシの恥ずかしい所を目撃なさった方です。

イヤーン!もうお嫁にいけなーい!!



さておき、空白の一時間について話しておこう。

この世界は俺が居た時代・時間軸共に一緒。しかもご丁寧に日本だし。

俺は司さんのマンション(要は此処)の前で倒れていたらしい。

そいでもって司さんは魔法使いのお兄さんは知らなくて、何故か俺の話を信じてくれて、ご丁寧に俺の今後を世話してくれるらしい。

魔法使いのお兄さんが言った通りだこと。

ついでに戸籍があれだったので年齢をさば読ませていただき、高校2年生だぜ、イエーイ。

明日から登校だぜ、ベイビー。制服は自由服だって。さすが、司さん。ナイスセレクト。

ぁ、司さんは16階建ての高層ビルの一番上の階を全部借り切ってる素晴らしいお医者様らしい(代々医者の家系だって言ってた)

まぁ、そんなこんなで俺が驚いた事は、コレ。自分の髪の色。色違ーうじゃん?

俺は純日本人だから黒髪なはずなのになんで茶色でメッシュ入ってんの?!いつ染まったの?てかコレ地毛だったらどうしよう…人間的に…。うん。

駄目でしょ。

そんで次に驚いたのが俺の隣に置いてある真っ白なエアトレック。

どうやら俺は漫画の世界へダイブしてしまったらしい。



アッハッハー





…洒落になんねぇよ。





「・・・?」



「うわ!はい、何ですか?」



自分の世界に浸っていたせいで現実の事を忘れかけていた。あやうし、俺。



「敬語と、後、『さん』付けいらない」



「ぇ、でも…」



「いらない」



「…はい」



司は結構、あの人に似てる。



あれね、魔法使いのお兄さん。







***





そんなわけでね、花も恥らう17歳。



エアトレック初☆体験



午前1時を過ぎると人間はハイになるもんだよね。うん。

つーわけでちゃん絶好調にハイテンションでお送りしています。

何処から出てきたのか渡された大量の服から俺は黒いロングコートを羽織り襟を立て司に貰った一室のベランダで俺はソレを履いてみたりしてみた。

全てにおいてジャスト☆フィット

サイズ誰が測ったのかな…。



「よし、俺はいける。このテンションなら俺は飛べるぞ」

絶対に死なない気がする。多分。きっと。

アイ キャン ドゥー イット!!



ベランダの柵にしゃがんだ状態で足を乗せる。

吹いている風でコートが風にはためく事、はためく事。

風の心地よさに少しの間目を閉じ酔いしれ、俺はすぐに目を開けた。息を吐く。

「お、俺って結構バランス感覚最高だね」

今更ながらそんな事を呟き空へと飛ぶため勢いよく柵を蹴った。



ドキドキした初めての経験は口から心臓が飛びぬけるかと思った。





「俺ってセンスある!」

不思議と独り言が多くなりつつ俺は風に乗って空に飛んだ。

ツバメみたいに早く飛んだりとかする事も出来たけど俺は蝶のようにふわふわ飛ぶほうが好きかも。



しばらく俺はマンションの近くの家の屋根を飛び回っていた。



けどやっぱり色々な所を飛んでみたかった。

ので、有限実行。

俺は強く立っていた屋根を蹴り漫画で見たトリックを見よう見真似でこなしながらその場を離れた。





…で決まりだな」



それを司に見られてるとも知らずに。





***



「こんにちは〜新世界♪」



あの歌この歌に無理やりフレーズを挿入させながら俺は夜の街を徘徊していた。

風が気持ちいい。空に舞い上がる瞬間が心地いい。

コートがすごい勢いではためくのも気にせずどんどん飛んでいく。

適当に一番高そうなビルに着地して俺は爽快な気分だった。

どんなにネガティブに考えてもどうせ俺の力じゃ元の世界に<戻れなさそうだし、どうせなら異世界を楽しもうとポジティブに考えてみたり。

髪を耳にかけなおして俺は夜景を眺めた。



世界がこんなに愛しいと思ったのは初めてだ。

この明かり一つ一つに人が住んでいるなんて、今の俺にはすごく神秘的だった。



「見かけない顔だな」



突然声をかけられて俺は驚いて後ろを振り返った。

暗がりの中、声からして男が立っているようだ。

暴風族だったらどうしようかと思い、俺は一歩下がった。

「…こんな所で何をしている?」

男の顔が月に照らされて顔が見えた。

「ッ!」

俺は声が出なかった。

目を疑った。

そこに立っていたのはアノ、ヘビーモスノ頭



宇童アキラだった。





俺は息を深く付き現状を確かめる。

ここはエアギアの世界なのだから宇童アキラが居っておかしくはない。

け・ど

パニくらない方が難しいだろ。

どうしようどうしよう。

知らない間に俺はヘビーモスの領地に入ってしまったの?!

ていうか本人じゃーん!!!

握手か?まず握手から始めるべきなのか?

ステップ1、握手???



「…大丈夫か?」



掛けられた声のおかげで俺は一気に冷静になった。

よっぽど、奇怪な動きをしていたのか宇童アキラが心配そうな目で見てくる。

俺は首肯して、今の現状を今度はしっかりと受け止める。



「…ぁ」



気が付いた。彼はもうヘビーモスではない。

着ている服が違う。何巻かで見た(多分、イッキとアキトの修学旅行事件の巻)の服装をしている。

彼はきっと、ヘビーモスではない。



「どうかしたか?」



俺は考えに浸りすぎて固まっていたらしく、直ぐ目の前に宇童アキラの顔があった。。



「っ!」



思わず赤面して下がる。

吃驚した。

美形の顔が目の前にあって吃驚した。

心臓が口からでそうなほどドキドキした。

さっき、エアトレックで飛んだときより吃驚だ。



「お前………」



何か宇童アキラに言われ掛けたが俺はそれを聞く前にそのビルから飛んで離れた。

頭が混乱しすぎて爆発しそうだ。

俺は振り返りもせず全力疾走で家に飛んで帰った。





顔を見たときドキッとしてカッコイイと思ってしまったなんて絶対にありえないんだから。