「啓ちゃんだー!!!」
俺は新しく入った学校の教室で開口一番そう叫んだ。
「改めまして、初めまして。と申します」
俺は大きくできた頭の瘤を庇いながら深々と挨拶をした。
俺が転入した学校は特別クラスというのがあって色々諸事情がある生徒が通う訳よ。
俺はそこに通うことになったのだけれど見渡す限り芸能人。
時々見知らぬ顔が見えたが御曹司とか若社長というご身分の方々らしい。
俺、戸籍がアレだから入れたんだけど、此処で良かった!
だって水名啓介がいつんだYO!
そんで思わず興奮して叫んでしまい、担任である由良(ゆら)先生に閻魔帳で思い切り強く叩かれたのだ。
「俺、啓ちゃんの隣が良いなー……イダッ」
ボソッと小声で呟くと唯でさえズキズキする瘤をもう一度叩かれた。
「さってと、の席はー」
叩いた本人は俺を無視して教室の空いた席を探す。
といっても少数人数なのでガラガラなのだが。
「良いじゃん。面白そうだし、そいつ俺の後ろの席にすれば」
「え!やった!」
先生が俺の席を言う前に声が掛かった。
啓ちゃんからだ。
「そうかぁ?でもなぁ…」
「本人がそういうなら良いんじゃないですか?僕も別に気にしませんよ?」
躊躇う先生に他の処から声が掛かる。
俺が座る(予定)の席の隣に座ってる見知らぬ座っていても分かる長身の青年、御曹司か若社長が爽やかな笑顔でフォローを入れてくれる。
「そうそう、て事で俺はあそこに座ります。……先生、生徒を叩いちゃイヤン☆」
俺はすごすごとその席に向かい途中で先ほど二回叩かれたことに異議を可愛らしく唱えてみた。
先生の持つ閻魔帳が振りかぶられて怖かったので俺は早々に席に着いた。
「まぁ、知ってるんだろうけど俺は水名啓介」
「啓ちゃんって呼んで良い?」
「変えられるわけ?」
「………」
変えられない。
黙り込む俺に笑う啓ちゃん。
「僕は越村知涼(こしむらちかすず)。好きなように呼んで?」
「じゃぁ、チカちゃん」
「…お好きにどうぞ。でいい?」
「うん」
「じゃぁ、俺もそう呼ぼうかな」
隣の席に座ってさっき俺をフォローしてくれた若社長OR御曹司のチカちゃん。
啓ちゃんが俺の名前を(おそらく意味無く)連呼している。
「俺、啓ちゃんのファンなんだー」
「もうバレてると思うよ」
チカちゃんのするどい突っ込みに、机に突っ伏して凹んだ。
「俺のサイン欲しい?」
「いらない」
啓ちゃんが俺の行動に笑いながら俺の髪の毛を弄ってくる。
指の動きを楽しみながら俺は啓ちゃんの申し出を断った。
「欲しがるかと思った」
チカちゃんが意外そうな声を上げる。
俺は顔をグリンと回して頬を机に付け顔をチカちゃんに向けた。
「俺、啓ちゃん大好きだけど、サインとか啓ちゃんの一部みたいなモノが欲しいんじゃなくて。啓ちゃんの作る空気が好きなの。だからサインはいらない。サインは啓ちゃんじゃないから」
「俺がサインだったら怖いな」
何か間違った感想を述べる啓ちゃんに俺は笑った。
この世界の啓ちゃんは俺を知らない。
元の世界の啓ちゃんは俺を知っている。
何だか複雑な気持ちだった。
啓ちゃんの中に俺は存在しない。
元の世界の啓ちゃんは今、何をしているのだろうか。
***
「送っていこうか?」
若社長(聞いた)のチカちゃんの申し出を笑って断った。
下校時間、特別クラスの為の門っていうのがあってそこの前に集まる無数の車。
芸能人たちのお迎えはすごいなって思いながら俺は昇降口でA・Tに履き替えた。
「司んところに住んでるんだったら送っていくのに」
啓ちゃんが俺が履いているのを横目に見ながら口をとがらせる。
司は芸能人たちには結構有名なお医者さんらしい。知らなかった。
「ちょっと遊んで帰るから」
「迷子になんなよ」
一体何処から聞いていたのか仲良くなったクラスメートの芸能人、小出英喜(こいでひでき)が俺をちゃかして直ぐに車に乗り込んだ。
許すまじ、英喜。明日復讐しちゃる。
「返り討ちにあうなよ」
「心読まないで」
啓ちゃんは俺に笑いかけるとマネージャーに急かされて車に乗った。
チカちゃんも俺に手を振って車で帰っていった。
優雅な二人の仕草に当てられ、帰宅ラッシュが済みポツンとそこに立っていた俺は我に返り慌てて翔だした。
何だか住む次元が違過ぎて俺は此処にいて良いんだかが分からなくなってきた。
俺は足に力を入れて家々の屋根を飛びながら昨日とは違う方向へと翔だした。
宇童アキラに逢いませんように。
「司の言ったとおりだな…。チカに報告しておこ」
直ぐ近くに一旦車を止めさせていた啓介のバンがを見届け動き出した。
***
あれから俺は着ていたワイシャツの上から昨日着ていた黒いコートを羽織り屋根を飛びながら実はちょっぴり期待していた。
エアギアの世界なのだから誰か有名な人に会えないかと。
いや、昨日は突然だったから驚いただけだよ。うん。絶対。
「あれ、見掛けない顔だね」
「は、え、えぇぇぇぇぇぇ!?」
ズザザザと横へ飛んだ俺に引っ付いて飛んできた男、うねった癖毛にこのしゃべり方。
「ス、スピットファイア?」
「僕のこと知ってるんだ」
「ゆ、有名ですから」
首がちぎれるんじゃないかっていうくらい縦に振って彼を窺う。
か、かっこいいー!
漫画じゃ唯の変な人かと思っていたけど、やっぱ本物は芸能人になれるんじゃないかって言うぐらい格好良いもので。
いきなりグイッと近づいてきた顔に一瞬、ドキッとした。
やっぱり漫画の中の人って全員格好いいんだ。なんて今更思った。
「君、見掛けない名前だね…。名前は?」
息が掛かるんじゃないかってほど近づいた顔に俺は顔を赤くして何も言えずにいた。
「名前……」
いつの間にか左手が腰に回っていて右手が俺の右手を掴んで逃げられないようにされていた。
こ、これは…やばくないかい?
「あの…腰…と腕…」
「僕は君を気に入ってしまったみたいでね」
「はい?」
口に何か柔らかいものが触れた。
それが何か分かった瞬間、俺は顔を真っ赤にして空いている左手で口元を覆った。
「な、何を…」
「うん、可愛い。赤いメッシュによく似合う」
パニックに陥っている俺を無視してスピットファイアは俺の髪に一瞬しか見えなかったが赤色のピンを二つ、目にもとまらぬ早業で留めていった。
「次逢うときは名前、教えてね」
スピットファイアはもう一度、今度は俺の額にソレを軽く触れさせて風のように去っていった。
怒濤の嵐のような彼の不可解な行動に俺はしばらく呆然と立っていた。
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